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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)10674号 判決 1978年7月24日

原告 林友子 外三名

被告 国

主文

1  被告は原告林友子に対し金一、三四一万四、一一九円および内金一、二二三万〇、一一九円に対する昭和四一年一月一八日から、内金一一八万四、〇〇〇円に対する昭和五一年一月六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告林真理子、同林弘毅、同林知之に対し各金一、一九一万九、九五九円および各内金一、一一一万九、九五九円に対する昭和四一年一月一八日から、各内金八〇万円に対する昭和五一年一月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決は仮に執行することができる。

事  実 〈省略〉

理由

一  当事者の関係ならびに本件事故の発生

原告林友子が訴外林の妻であり、その余の原告がその子であつたこと、訴外林は昭和四一年一月当時、航空自衛隊第五航空団所属の一等空尉であつたが、同年同月一八日午前一〇時二〇分頃F一〇四ジエツト戦闘機に搭乗し、第五航空団の要撃戦闘訓練計画に基づき、二機編隊の二番機として自衛隊新田原飛行場を離陸した後、同日午前一〇時三〇分頃、宮崎県児湯郡都農町都農沖海上に墜落し、即時同所において死亡したことは当事者間に争いがない。

二  本件事故状況

証人吉富三郎および同井手武の各証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  事故機は、要撃戦闘訓練実施のため二機編隊の二番機として、昭和四一年一月一八日午前一〇時二二分計器飛行方式で新田原基地から編隊で離陸した。編隊は浮揚後脚を上げ仰角一三度で上昇しながら、対気速度が三〇〇ノツトに達した時編隊長訴外井手武(以下「編隊長」と呼ぶ)の指示でフラツプ(揚力増加装置)を上げ、対気速度が三八〇ノツトでアフターバーナー(推力増加装置)を切り、機首を磁針路三五度に向けるため左旋回を開始した。

2  この時、訴外林は事故機脚ドアーが完全に閉つていないことに気づき、速度を二六〇ノツト以下に減少させるためさらに仰角をとつて上昇した。

当時右飛行場付近の雲の状況は二、〇〇〇フイートのスキヤター(雲量一〇分の四以下)、三、五〇〇フイートのブロークン(雲量一〇分の五ないし一〇分の九、雲預四五〇〇フイート)、八、〇〇〇フイートのオーバーキヤスト(雲量一〇分の一〇)であつたが、事故機は三、五〇〇フイートのブロークンの雲を突き抜け、高度約六、〇〇〇フイートへ上昇した。

編隊長機は磁針三五度へ旋回しつつ高度六、〇〇〇フイートで事故機と同高度を保ち、速度三〇〇ノツトで水平飛行しながら、事故機に対し針路高度を通報し、脚の上げ下げを実施するよう指示した。訴外林は既に二ないし三回脚の上げ下げを実施していたが、右の指示で更に上げ下げを実施したところ午前一〇時二四分脚ドアーが完全に閉つた。

3  そこで編隊長は事故機に対し単縦陣隊形(隊長機を追尾し、通常三マイルの距離で一直線となる飛行隊型)に移るよう指示した。この時編隊長機は高度約六、〇〇〇フイート、速度約三〇〇ノツトで同速水平飛行しており、事故機は、その後方約二マイルを同高度二六〇ノツト以下の速度で飛行していた。

4  編隊長は右指示後、高畑山サイトと交信し、高畑山サイトは同日午前一〇時二五分レーダースコープ上に新田原飛行場から約七〇度一二海里の地点で編隊長機の約二海里後方に事故機の映像を認めた。

訴外林は、隊長機を自機レーダーで捕そくしている旨通報し、高畑山サイトはスコープ上で隊長機の後方約三ないし四海里後方に事故機のSIFの映像を約二四秒間認めた。

5  この時訴外林は「回転数が下がつてパーシヤル(部分的)フレームアウト(エンジンの燃焼停止)のようだ。」と送信した。単縦陣隊形をとつた場合約四〇〇ノツトまで水平飛行で加速した後上昇に移るのが通常であるが、この時編隊長機は高度約六、〇〇〇フイートでまだ加速せず速度三〇〇ノツトで水平飛行していたが、直ちに事故機に対し飛行場へ機首を向けるように指示した。しかし、事故機は右「パーシヤル・フレームアウト」の送信から約一四ないし三〇秒後の午前一〇時二六分「フレームアウト、高度五、〇〇〇フイート」と送信した後高畑山サイトのスコープ上からも消えて消息を絶ち、同日午前一〇時三〇分頃新田原飛行場東北一三海里の海上に一〇度ないし二〇度の降下角で墜落し、訴外林は着水寸前に脱出したが、高度が不足して開さんに至らぬまま海面に落下しこのため死亡したものである。

三  事故原因

1  二判示の各事実の外、証人吉富三郎および同井手武の各証言ならびに検証の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故の原因は事故機のエンジンがフレームアウト(燃焼停止)したか推力の低下を惹起したことにあると推定されること、右フレームアウトや推力低下の原因としては、当時の気象条件やパイロツトの個人的条件中本件事故に関係するものは特に見あたらず、〈1〉機体や燃料系統に不具合が生じてエンジンへの燃料供給量が停止または大幅に低下したことまたは、〈2〉コンプレツサーストール(航空機が空気の稀薄な高空を飛行中仰角をとりすぎたり、上昇中急激に仰角を大きくしたり、操縦者が加速のため急激にスロツトルを操作し燃料の流量が一時的に急増して燃焼室内の圧力が上昇したこと等によりエンジンの空気圧縮がスムーズにおこなわれなくなる現象)のいずれかが最も蓋然性の高いものと認められる。

2  ところで二判示の各事実に検証の結果ならびに証人井手武の証言を総合すれば、事故機は高度六、〇〇〇フイートに上昇後脚の上げ下げを数回反復し、午前一〇時二四分脚ドアを完全に閉めその約一分半後「パーシヤル・フレームアウト」の送信をするまでの間中、高度約六、〇〇〇フイートを水平飛行しており、この間右コンプレツサーストールの原因となりうる飛行姿勢をとつた形跡は見当らないこと、同日午前一〇時二五分編隊長機から単縦陣隊形をとるよう指示された際、事故機は高度約六、〇〇〇フイート速度二六〇ノツト以下で、速度三〇〇ノツトの編隊長機と同高度をその後方約二マイルを水平飛行しており、右指示に従つて単縦陣隊形をとるには両機の間隔を通常三マイルに離せばよいので直ちに編隊長機と同速度まで加速する必要はなかつたところ、その間編隊長機はなんら加速していないから、事故機も加速のための急激なスロツトル操作をしなかつたものと推測されること、のみならず事故機に使用されているJ七九-一一Aエンジンにはパイロツトの急激なスロツトル操作があつても高々度の急激な向い角をおこすような特別の飛行姿勢の場合以外コンプレツサーストールをおこさないような自動制御装置が作動するシステムになつていること等の事実が認められ、これらの事実に徴すると、訴外林にコンプレツサーストールの原因たりうるような操縦ミスがあつた蓋然性は極めて低いものというべきである(証人吉富三郎の証言によると、被告国が編成した後記事故調査委員会による調査報告においても、訴外林の操縦ミスの有無については記載がないことが認められる)。

3  してみると、本件事故機がエンジンのフレームアウトを生じた原因は、機体または燃料系統に不具合が生じたためエンジンへの燃料供給が停止または大幅に流量が低下したことにあると推認するのが相当である(前記吉富証人の証言によれば、後記事故調査委員会の調査報告においても本件事故の原因は事故機の燃料系統の不具合によるものとされたことが認められる)。

四  被告の責任

1  国と国家公務員(以下「公務員」という)との間において、国は公務員に対し、国が公務の遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理にあたつて、公務員の生命および健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負つており(最高裁判所昭和五〇年二月五日判決、民集二九巻二号一四三頁)、本件のようにジエツト戦闘機に搭乗し、要撃戦闘訓練に従事する自衛官に対しては、機体部品等の十分な整備を実施し、事故発生を防止して飛行の安全を保持すべき義務を負うと解すべきである。

そして航空機墜落事故においては、被害者側においてその個別、具体的な事故原因を確知することは極めて困難であり、しかも証人吉富三郎の証言によれば、本件の場合、被告は本件事故原因につき調査委員会を編成し、機体を回収、分解して調査しその結果を報告書にまとめていることが認められるにも拘わらず右報告書を本法廷に提出していないのであつて、かかる場合においては、三、3判示のように、事故機墜落の原因が機体または燃料系統に不具合を生じ、エンジンへの燃料供給に異常を生じたことにあると推認される以上、立証の公平の見地から、被告において、本件事故につき十分な整備、点検をおこなつたにもかかわらず右事故の発生が予見し得なかつたことの立証が尽されない限り、事故機の整備点検を十分に実施すべき安全配慮義務の違反があつたものと推定するのを相当とする。

そして、いずれも成立に争いがない乙第一、第二および第四号証の各記載、証人内田律夫、同岡元五郎の各証言によれば、本件事故機は航空機整備基準に従い、昭和四一年一月一六日所定の整備項目につき五〇時間飛行後点検が、また事故当日離陸前の午前八時より九時三〇分までの間に所定の項目につき飛行前点検がそれぞれ実施されたことが認められるが、二および三判示のように、本件事故機は離陸直後脚部ドアが閉鎖不全状態に陥つたこと、また、離陸後わずかに四分以内にエンジンの燃焼系統に不具合を生じフレームアウトまたは推力の低下を生じさせていること等の事実を考え併せると、本件事故機についてその整備、点検が十分におこなわれたにもかかわらず本件事故の発生が予見不可能な偶発的な原因に基づくものであることの立証が尽されたとは未だいい難い。

したがつて、被告は本件墜落事故について、前記安全配慮義務違反の責任はまぬがれず、右事故による原告らの損害を賠償すべき義務があるというべきである。

五  損害〈省略〉

六  結論〈省略〉

(裁判官 佐藤安弘 小田泰機 大竹たかし)

別表〈省略〉

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